Takashi Masuda (masutaka)

masutaka

LookML 開発やデータ整備に専念している、ソフトウェアエンジニアです。

以前はウェブアプリケーションのバックエンドや、インフラの面倒を見ていました。その前は組込みソフトウェアエンジニアでした。

ここはそんなマスタカの変更履歴が記録されていくサイトです。そんな歴史 や、所有デバイス です。

会社ブログ

スライド

2014/03 ~ 現在 株式会社フィードフォース

数ヶ月の自宅警備と知り合いの開発の手伝いを経て、フィードフォースに入社した。[2014-03-09-1]

入社直後

入社してすぐに GitHub や CircleCI、Qiita:Team などを導入し、全社的に開発スピードを上げられたと思う。前職での経験が大きい。

特に GitHub は、その後も Organization Owner としてコミットし続け、社内への新しい機能の紹介や、アクセス権限の設計と運用、セキュリティ向上の提案と実行などを続けている。

2014/05 ~ 2017/04 ソーシャルPLUS

Rails で実装されたソーシャルログインサービスの開発リーダーを任された。後半は開発リーダーから離れ、AWS インフラ面の改善に取り組んだ。

2017/05 ~ 2018/03 DF PLUS

データフィードのバッチサービスに異動となった。Docker や ECS などのコンテナ技術を本番環境で使ったのは、このときが初めて。

2018/04 ~ 2020/03 EC Booster

EC ショップが Google 広告を簡単に出稿できるサービスに関わった。最初はバックエンドエンジニアとして、途中から開発基盤の整備が主な仕事になった。CI/CD の改善や、CDN を使ったパフォーマンスチューニングなど。

その過程で Heroku に関して徹底的に研究した。当時の国内では一番情報をアウトプットしていたと思う。

一番気に入っているのはこちら。
Heroku Meetup #27 で『デプロイで止まらないバッチ処理を求めて』という話をしてきた
Heroku の Dyno はデプロイすると作り直されバッチ処理も最初からになるが、それを避ける取り組みをした。Heroku の中の人からも、ここまでやるんですねと褒められ(?)た記憶。

Heroku を徹底的に学び実装し発信する、エバンジェリストのようなスタイルはこの頃から意識的かつ勝手にやり始めた。

2020/04 ~ 現在 Feedmatic(LookML 開発者)

広告運用サービスに Looker を導入することになり、私が唯一の開発者として設計と実装、運用を任され、今も一人で関わっている。

それまで LookML 開発者どころか、データエンジニアでさえもなかったが、Looker を学ぶうちにその魅力に取り憑かれていった。

初期の導入と実装からの、そこから 1 年半経った話は、ブログ記事として公開済み。

一人開発ということもあり、出来るだけ利用サービスの種類を増やさないことを心がけた。Funnel.io という ETL サービスに全てのデータを集め、BigQuery に出力し、Looker がそれを参照するという、シンプルな構成に落ち着かせることができた。

一人開発だとデータが壊れたことに気づくのは難しく、割り込みの負荷も高いため、LookML のテストは徹底的に書きつつ、GitHub Actions で自動化までした。

時間を見つけては、自分の熱量をアウトプットすることも心がけた。他にないニッチな記事を書くことができており、とても満足している。
Looker カテゴリーの記事一覧 - Feedforce Developer Blog

2011/05 ~ 2013/11 株式会社ラングリッチ

急に思い立ち 11 年勤めたメタテクノを退職し、オンライン英会話のスタートアップに入社した。社員第一号。[2011-04-22-1]

ソフトウェアエンジニアという職種は変わらなかったが、組み込みと Web、それもスタートアップは全く文化が違っていて、勢いでどうにか進んでいった記憶。

CakePHP で作られた予約システムの保守・運用や、Rails へのリプレイス(後に頓挫)、リクルートの今は亡き某サービスを OEM で作ったりもした。スクラム開発や TDD を学習・習得できた経験は大きかった。

一方で Jenkins や Redmine などを率先して環境構築し、改めてこういった作業が好きな性分だと認識した。

2000/04 ~ 2011/04 株式会社メタテクノ

組み込みソフトウェアエンジニアとして、主にキヤノンレーザープリンタの開発や保守に関わった。

2005 年くらいまでは、ファームウェアの描画エンジンや画像圧縮のデバイスドライバの開発担当として、それ以降は描画チームの夜間自動テスト環境1を作ったり、開発に便利なライブラリを作ったりした。当時の痕跡が https://github.com/masutaka/imgdiff として残っている。

並行してボランティアで、自社内クリーンルームの Solaris9 サーバー約 100 台を保守したり、新規構築をしたりした。自由にやらせてもらったので、NFS 上に Emacs や Ruby、OpenLDAP など好きなツールをどんどん make install していった。

1976/01 ~ 2000/03 生誕 ~ 学生時代

静岡県浜松市生まれ。

最終学歴は宇都宮大学大学院農学研究科生物生産科学専攻修士課程卒業。今思えば農学部も興味がなかったのに、働きたくないあまり大学院にも行ってしまうという…。入学試験の成績はひどかったが、当時は同じ大学で院に進む場合はお目こぼしでパスできた。

このままではマズイと思い、大学院 1 年生の時に初級シスアド の試験にパスし、ほんの少しの自信を付けた。

プライベートでは大学 2 年の頃に初めて Windows 95 マシンを購入した。Windows をアップグレードしたり、定期的に再インストールするのが趣味(?)だった。Windows 98 を経て、最終的に Windows NT 4.0 と Plamo Linux のデュアルブートに落ち着いた記憶。


  1. 当時は Jenkins など便利なツールはなかったため、Windows で Ruby スクリプトをゴリゴリ書いて、自前で自動テスト環境を作った。 ↩︎